<問い>
第二条
 皇位は、( )のものであつて、国会の議決した( )の定めるところにより、これを継承する。 









<解答>
第二条
 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。 


<解説>
 天皇陛下の地位は、初代天皇の神武天皇(じんむてんのう)からずっと引き継がれてきたものであって、現在の平成の御世(みよ)の今上陛下(現在の天皇陛下のことを「きんじょうへいか」と言います)で125代を数えます。くわしい系図は、宮内庁のウェブサイトにのっています(http://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/keizu.html)。 


 現在、皇族については皇室典範(こうしつてんぱん)という法律によって規定されています。 今回の記事は皇位継承(こういけいしょう)についてのお話なので、皇位継承についての条文をピックアップしてみます。
第一条
 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

第二条第1項
 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一  皇長子
二  皇長孫
三  その他の皇長子の子孫
四  皇次子及びその子孫
五  その他の皇子孫
六  皇兄弟及びその子孫
七  皇伯叔父及びその子孫

第二条第2項
 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。

第二条第3項
  前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。

第三条
 皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる。

第四条
 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
  天皇に即位すると、崩御(天皇がお亡くなりになることを特別に「ほうぎょ」と言います)されるまで、その地位に就かれます。したがって、崩御前に天皇が自ら譲位(じょうい: 位を譲ること)をすることはできません。これは、天皇の地位を退かせたりあるいは天皇御(おん)自らが譲位を表明されることで政治的な影響を与えることを防ぐためです。


 さて、天皇が崩御された場合、次にどのような方が天皇の地位に就かれるのかが皇室典範第1条と第2条に書かれています。

 第1条には、天皇に即位できるのはどのような方なのかということが書かれています。「皇統に属する男系の男子」と書いてあります。逆から言えば、「皇族の女性と一般男性との間の子ども」を天皇にすることは認めないということです。こういった天皇のことを、女系天皇(じょけい)天皇と言います。もしこれを認めるとすると、臣下である一般人が天皇になれる可能性が出てきます。つまり、男系を保持するということは、皇位継承から男性を締め出す制度といってもよいのです。そして、仮に一般人が天皇になれたとすると、これまで2700年近く続いているとされる皇位継承の歴史の幕が閉じられることを意味します。



 新聞などにおいて男女同権の関係から「女系天皇」を認めるべきだという議論がなされることがあります。ところが、「女系天皇」と「女性天皇」とを混同して議論がされることが多いので注意が必要です。今までの話を理解していただければ、男系でも女性の皇族はいらっしゃることは分かっていただけるでしょう。現在の皇室典範では「女性天皇」も認められておりませんが、江戸時代以前は「女性天皇」もいらっしゃいました。ただこれは「男系の女性天皇」でした。ここで歴代の女性天皇をあげてみましょう。8人10代の天皇がいらっしゃいました。
  1. 推古天皇 (592年 - 628年)
  2. 皇極天皇 (642念 - 645年)、斉明天皇 (655年 - 661年)
  3. 持統天皇 (686年 - 697年)
  4. 元明天皇 (707年 - 715年)
  5. 元正天皇 (715年 - 724年)
  6. 孝謙天皇 (749年 - 758年)、称徳天皇 (764年 - 770年)
  7. 明正天皇 (1629年 - 1643年)
  8. 後桜町天皇 (1762年 - 1770年)



 さて、皇室典範2条では皇位継承の順位が書かれています。これを踏まえると、現在の皇位継承順位はどのようになっているのかを見てみましょう。
  1. 皇太子徳仁(なるひと)親王  1960年2月23日 (昭和35年)  第1皇男子 
  2. 秋篠宮文仁(ふみひと)親王 1965年11月30日 (昭和40年)  第2皇男子 
  3. 悠仁(ひさひと)親王  2006年9月6日 (平成18年)  皇孫 / 秋篠宮文仁親王の第3子(第1男子) 
  4. 常陸宮正仁(まさひと)親王  1935年11月28日 (昭和10年) 皇弟 / 昭和天皇の第6皇子(第2皇男子)
 宮内庁のウェブサイトに掲げられている系図と皇室典範第2条とを照らし合わせながら確認してみてください。


<発展>
 平成28年8月8日に、天皇陛下は次のようなおことばを発せられました。
 戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。

 私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。

 本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。

 そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。 天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように,憲法の下もと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。 国民の理解を得られることを,切に願っています。
 皇室典範第4条には、崩御されるまでは天皇の地位は退くことができない旨が書かれていますが、天皇陛下のおことばをきっかけに、天皇陛下がご存命の間に譲位(じょうい)できるような制度を整えるべきかどうかも含めて皇位継承について本格的に議論されています(ただし、上の陛下のおことばの中には一切「譲位」の話は出てきていません)。崩御されるまで天皇の地位を退くことができないことを皇室典範で規定したのは、天皇がご譲位されることで天皇陛下が政治に影響を与えたり、あるいは天皇陛下にご譲位を促す存在があることでこれまた政治的に影響を与えたりすることがないようにするためですが、今後どのような対応をしていくことになるのかは注目したいところです。

 これまで示したような歴史をふまえて、ニュースを見て自分の頭でどうしたらよいのかを考えたいものですね。