今回は明治時代の大まかな流れを取り上げてみます。

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 江戸時代の終わりにイギリスやロシアなどの強い国々が日本にもやってきて、ほかのアジアの国のように国を奪われるかもしれないという危機的な状況の中、日本では武士の時代が終わって、日本国民で国を富ませ、国を守っていこうという時代が訪れました。それが明治時代(めいじじだい)です。


<問い>
 次にかかげる事件を「古い→新しい」順に並び替えなさい。

ア 日露戦争 イ 日清戦争 ウ 廃藩置県 エ 第1回帝国議会の開催





 
<解答>
 今回は先に解答から示したいと思います。

ウ→エ→イ→ア
 
 最終的にはこの4つの事件については、年号がきちんと言えたうえで確実にしかも素早く正解しなければならない問題です。もちろん今回は「全体構造」を学ぶために試しに解いてもらっているので、初心者はまだ解けなくてもよいですが、試験前には絶対に解けなくてはいけない問題ですから注意しましょう。


<解説>
 明治時代は大まかに3つの区分に分けて理解するとよいでしょう。

明治時代の大まかな流れ

 前期は明治の最初の10年である1868年から1877年までです。欧米列強がアジアにやってきて、その手が日本にも伸びてきました。日本はこれに対応しなければなりません。江戸時代は各大名がそれぞれの地域を治めていましたが、各大名が個別に外国に対応することは合理的ではありません。今でいえば、鹿児島県がアメリカ軍やイギリス軍などと戦うといった感じになりますが、それでは国を守る力をうまく結集できません。ですから、天皇陛下を中心として、それぞれの大名の力を1つにまとめた方がよいですね。こういう国を中央集権国家(ちゅうおうしゅうけんこっか)と呼びますが、日本はこれを目指していきます。1871年の廃藩置県(はいはんちけん)はこれまで大名が治めていた「藩」を廃止して、政府の役人が直接治める「県」を置くことを天皇陛下の前で誓った事件でした。日本は中央に力を集め、欧米の国の制度を学び、科学技術を学び、国を発展させていきます。しかし、時代が急激に変わっていってこれに付いてこられない人たちも出てきます。彼らが旧武士です。全国各地で旧武士の士族が反乱を起こし、最大規模の反乱が西南戦争(せいなんせんそう)(「西南の役」と呼ばれることもある)です。これを政府がやっつけました。

 中期はこうした政治の不満を武力から言論で訴える方法がだんだん当たり前になってきて、政府は議会を作ることを約束しました。そしてそれを実現しました。第1回帝国議会が開かれたのは1890年です。

 こうして少しずつ欧米列強に対抗できるだけの力をつけていきましたが、いよいよその列強と戦わなければならなくなります。日本は自分の国だけでなく、東アジア諸国の近代化を助けることで自分の国を守ろうと考えます。1894年に起こった日清戦争(にっしんせんそう)は、朝鮮半島の中で日本の手助けを借りながら近代化をすべきだというグループと清(しん)と協力して朝鮮半島を富ませるべきだとするグループが対立しました。日本と清は朝鮮半島でぶつかりました。これが日清戦争です。日本はこれに勝利しました。そして、世界中で火花を散らしていたイギリスとロシアの争いがついにアジアにやってきました。大国の清(しん)に勝利した日本をロシアは警戒しました。ロシアの脅威から身を守るため、同じくロシアと対立していたイギリスと手を組みます(日英同盟)。その後、日露戦争(にちろせんそう)を戦い日本は勝利します。

 清とロシアという2つの大国に勝利した日本はこうして先進国の仲間入りを果たしました。

 これが明治時代でした。